印度、螺旋のような国
#インドについて思うこといろいろ
インドはまるで、いろんな側面があり何層にも渡った螺旋のようだ。大きな回り階段があり、下を覗き込んでみても底が見えないほど深い。そして回り階段を降りていくと、角層に全く違った様相がみえる。近代的なビルでスーツを着たビジネスマンがスタバのカップを片手に歩いている。街なか、そこら中にある寺院で花を捧げる敬虔なヒンドゥ教徒の人たちが行き交う。車はひっきりなしにクラクションを鳴らし騒々しい。全く止まってくれない車に道路を渡れず困っている東洋人を親切に助けてくれる国。その脇で牛が歩き、小さな子供が裸足で遊んでいる。全くいろんな側面と文化があり、一つの印象に収まることがない国だ。
初めてインドについて書かれた本を読んだのは、今は懐かしき妹尾河童「河童が覗いたインド」だ。発行年刊が古いため現代のインドはだいぶかけはなれているのだろうが、とにかく詳しいインド文化描写や、緻密に書き込まれたイラストに惹きこまれて繰り返し読んだ。その本から感じるインドは雑多で猥雑とした日本とまるで違う文化、風習のある異国で遠い国だった。これは父の蔵書だったのだが、父も夢中になって読んだと聞いている。
それから長じて学生のころに流水りんこ「インドな日々」「インド夫婦茶碗」に夢中になった。もう20年以上前にはやった筋肉少女帯の「日本印度化計画」から連想されるような、もう少し身近になり、若者がバックパックで集いディープな体験をする国として脳裏に刻まれた。
実際にそれらを読んでインドに行ってみたいと思うことはなく、どちらかというとヨーロッパ方面ばかり旅行をしていたわたしだが、最近は仕事でもっと近代化されたインドの一部とのお付き合いが増えてきている。
そんな中、池上彰の「池上彰の世界の見方 インド〜混沌と発展のはざまで〜」を今更ながらに読んだ。この本によって、おぼろげながらに抱いていた、不思議な神様がいる雑多でディープなバックパッカーの聖地であり、更にITという近代化された側面を持つこの国のバックグラウンドや政治背景を知ることになった。
近代化されたインドの一部分だけに接した自分が書くのもおこがましいが、実際にこの本に書かれていたこととインドと仕事で触れ合った経験から感じることを書いていきたい。
まずインドといえば有名なカースト制度。バラモン(宗教者)、クシャトリア(王・軍)、ヴァイシャ(商人)、シュードラ(その他職人等)、不可触民という大雑把なくくりがあるが、現代はカーストによる差別は法律で禁止されているということは義務教育でさらっと習ってきた。そしてITという職が生まれたことにより、そのカーストから抜け出すことができてインド社会が変わってきたという定説をよく聞いていた。そのため、社会の一番下の層といわれる不可触民に対しても同様なのかと思っていたがもちろんそんなことはなかった。
正しくはある程度の学問を持ち大多数を占めるシュードラは属する集団が行う職業に代々つき結婚もその中で行われるというのが当たり前だったのだが、勉強さえできればITという新しい職につくことができ、さらに元の職からは得られないような大金を得られる可能性が出てきたということであった。
彼らは、互いの名字を聞けばある程度カーストがわかると聞いていたが、実際にはある程度、名字から職業や出身地が類推できるという意味に近いらしい。例えば「彼は大工の家だ」「牧畜を行っている」など。あるいは州によっても若干の特色はあるらしい。例えばマハトマガンジー出身のグラジャージ州は現代のモディ大統領の出身地でもあり、勤勉で真面目な人であるといった定評など。(#雑感1)
わたしはIT大国という側面でインドと付き合いがある。具体的には日本で提供するサービスの開発をいくつかの国で行っており、そのうちの1つがインドだ。受注という形ではなく共にサービス提供側という立ち位置での組織のため現地マネージャはもちろん各メンバーとも毎日Mtgを行うなど密接な関わり合い方をしている。
そこで現地マネージャを通して間接的に、あるいは直接の事象としてIT大国インドの文化を垣間見ることがある。
インドという国の特色を考えると、とにかく自己主張が激しいのは事実である。またある程度の大学を出たエリート層が多いためか、かなり口もまわるしロジカルな正論を並べてくる。
だがよくよく聞いてみると、彼らは自分の立ち位置での正論が多く、相手の立場ならこう考えるだろうと思う視点が抜けていることが多いのだ。そのため自己主張が激しいようにみられる側面もあると思う。その論点を、彼らの主観的な立ち位置から、客観先視点に戻し、その上で説得するということはよく行うことであり神経をすり減らす仕事である。
しかし、もちろんそのような論点のすり合わせをする必要もない人たちもいるのだ。そして当然仕事もやりやすい。
ある時気付いたのは、そのような人のほとんどの人が「一度海外で働いたことのある者」であるということである。そんな話しを友人としていたとき、彼は「履歴書でアメリカなどで一年働いた経験がある書いてあれば、とりあえず会ってみる」といっていた。
なるほど。日本の採用でアメリカで働いたことがあると書いてあると英語を話せるかどうかの判断基準とするが、インドでは、大学では講義も教科書も英語のため大卒であればある程度の英語が話せるのは当たり前である。インドでは北と南では言葉が違うため、同じインド人同士でも英語でコミュニケーションとっていることも多い。
けれど英語という基準を満たしていても、どれだけ他の国の文化に触れたことがあるか、というのは確実に彼らの視点の広さや多国籍で働く際の容易さに関わってくるのだ。(#雑感2)
そして更に気付いたのが、同じITの中でも管理職につくのはカーストが上である人が多いということだ。会社で出世していくためには、具体的な技術が高いというよりも技術力プラスアルファのものが必要となる。つまり、いわゆるビジネスで必要な能力だ。例えば課題を自分で設定する力、それに対して具体的なアクションプランを考えることができること。それらを他者に説得できる説明力。物事を抽象化したフレームワークに落としこむ、またフレームワークから具体的な適用を考えるなど。目の前にあるタスクをこなすのとは別の能力がどうしても必要となるし、それを持っているのはやはりカーストの高い者が多いのだ。
日本側が採用を行うときはもちろんカーストなどはわからないため、純粋に経験や面接をしたときの受け答えで判断するのだが、意識しなくても結局管理職として採用、もしくはあがっていくものは海外での経験が長い人ばかりになっていた。
更に、インド人の同僚の中でも雑談したり仲良くなっていく人たちはいるが、その人たちのほとんどはある程度階級の高い人たちばかりだった。多分そういった人たちのほうがコミュニケーション能力に秀でててある程度雑談力を持つのだろう。
例えば親しくしているあるインド人は非常に人好きのする人当たりがいい人物である。だがビジネスにおいての彼をみると、かなり尊大に振る舞い部下に対しても冷静に根気強く接する(役割がはっきりしているnon-japaneseに対してはそういった態度は非常に効果的なことがある)。彼は外資系の有名な会社の日本支部代表といった輝かしい経歴を持っており、彼の父は宗教者であり家庭内の言語は英語だったという。さらに彼の大学時代の友人は某航空会社の某地区代表だったり、某有名IT企業のアメリカ本社のお偉いさんだという。
つまり上流階級は子供のころから英語を使い海外の人と触れる機会があって自然とグローバル感覚が育っていく家庭環境にあるのだ。またそういった層が集まるため必然的に社会的成功も収める人間関係が構築される。彼がついていた地位に、優秀だからとITに職を得られたエンジニアがつくのはかなり難しく、率が少ないだろうと想像される。
つまりITという新しい企業によってカーストから抜け出す若者が増えてきたというのはある意味、そのままの事実であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。それによって生まれながらの差別が撤廃されたかというとそうでもなく、学校に行く余裕のない不可触民族はそのままだし、ITという職を得た若者たちも、生まれたときから恵まれたバラモン階層と同じところまでたどり着くには明らかにスタートラインから違っている。それはインドだけではなく、どこの国、もちろん日本でも、生まれた環境によってある程度将来が決まるのはよくある構造であるが、ITができたからといってインドでそれが劇的に改善されたというのは幻想なのだということを実感した。
そしてIT職の中でも多少の遺恨は残っている。同じシュードラでも職業によって多少の差はあるらしく、メンバー同士で若干の反目があったりすることもあった。彼らの上司にあたるインド人にこっそり内情をきいたら、職業による不和と性格の相性が重なったものだとはいうが、単なる性格だけではなく職業からのフィルターでさらに悪化したりすることもあるらしい。(#雑感3)
もちろん良い面もある。今まである程度賃金に先がみえるその家庭の職業しかつくことができなかったのが、優秀であれば良い給与をもらったり海外企業で働く機会もある。特にバンガロールのIT人材の給与は高騰しており、普通のインド人から見れば夢のような年収を手にすることも可能だ。100万で一家を養う低所得者層から、1000万以上もらうIT高度人材になることができるのだから、確かにITはドリームなのかもしれない。また昔ならいくら優秀でも海外企業の重役や、インドのスタートアップで一攫千金というのはかなり難しかったが、それが可能性として十分考えられる位の身近なチャンスになってきたのは明らかに、大きな違いであると思われる。(#雑感4)
そういったことを考えると、置き去りにされる層はありつつもインドも変わりつつあるのだろうと思う。
インドに行った際にそれを実感することがあった。
出張の初日に、オフィスの前にある道路がもう半年以上工事中だから気をつけてと現地のマネージャにいわれた。なるほど、目の前の道路は整地をするためにかなり掘り起こしており足元がかなり危なっかしい。聞くと、たった200mほどの距離なのにもう半年以上工事をしていていつ終わるかわからないという。また上から順に計画的にといった様子はみられず、今日はあっち、昨日はだいぶ離れた反対側、かと思えば毎日同じところを掘り起こしていたりというように、どういう工程で行っているのか全くわからないというのだ。非常にインドらしいと面白がっていたが、翌日、工事をしている現場を通ったときに驚いたことがある。
明くる日、ちょうど工事の前を通りかかった。その工事は固い石のような道路を掘り起こしてもう一度押し固めるようなものだったのだが、それらの工程が機械を使わず人力だった。大人の拳ほどもある大小の石が放り込まれた大きなカゴが2つテコの要領で吊り下げられている。そこに何人かの男性がつるはしで道路を砕き、割れた石を次々とカゴに放り込む。宙に浮いたカゴがバランスを崩すと危ないからか一人の男性がカゴを押さえている。特に指示を出している人物がいるようにも見えないし、作業する男性ものんびり行っているし、周りには雑談しながら立っている人たちもいる。
なるほど、これなら時間がかかるだろうと思ってそれを眺めながら脇を通ろうとしてぎょっとした。
道路のはしっこに布に包まれた赤ん坊と三才位の女の子が横になって眠っていたのだ。仮にも工事現場で近くには怪我をしてもおかしくないような作業が行われている中、路上で子供が寝ている。非常にびっくりした。
ただ着古したものは着ているが物乞いをするような子供にはみえなかった。どういうことだろうと思って工事をしている人達を見て、そこには食べ物をつまみながら話している女性が数人いることに気付いた。彼女たちの周りには10歳位の男の子も飛び跳ねながら遊び、そして時々大人たちをたちを手伝っている。同じような服を着ていることからこの男の子と道路で寝ているこの子たちは同じ共同体の子供らしい。
つまり彼らは道路工事をする仕事を持った家系だったのだ。どういう仕事の受け方をしているのかわからないが、後で聞いてみたらそのような土木作業を引き受ける職が存在するという。彼らが一家総出でピクニックするように仕事を行っているのだ。
このオフィスはバンガロールのIT企業が集まる一角にあり政府肝いりの地域だ。そこに出入りするビジネスマンは皆、スーツを着ている。わたしの会社では皆カジュアルな格好なのでジーンズだが、それでも身綺麗にしていることは間違いない。皆子供の教育にも熱心で、教育のためにシンガポールに異動できないかという打診を受けることもある。
でもあそこで遊んでいた男の子は本当なら学校へ行っている時間だ。そこまでひどい格好ではなかったので食うものに困るわけではないのかもしれない。けれども彼が大学までいくことはないだろう。
このオフィスで働くビジネスマンの子供ーIT二世代の子供と、あの道路工事をしていた家族の子供の人生が交わることはきっとないのだ。少なくともまだ何十年は無理だ。
これが経済格差が広がるということなのだと実感した出来事だった。
おまけの写真
インド出張に行った際の写真を何枚か。
ちょうどシヴァ神のお祭りの祝日で沢山の人が寺院に参拝していた。別料金で異教徒でも参拝できるというので参加。かなり長い列を待ち、胎内巡りのようなお堂の中をまわって泉で参拝。その際、「オーム」の発音がいるそうだけどわたしはうまくいえなくて何度のやり直しさせられた。外人は私達のグループだけだったのと同行した人が「日本から来た人」と説明してくれたおかげで、むしろ歓迎ムード。周りから口々に発音を訂正されますます焦るわたし。結局最後までうまくいえた気はしない…。



たまたま通りかかった街なかの寺院。住宅街の中の近所の人がお参りするとおぼしき寺院。子供が敷地で遊んでたり、女性の方々が気軽にお花を捧げに来ていたり。生活に密着していて興味深かったです。


おまけの雑談
このあとは単なる補足というか、雑談です。
#雑感1
同じグループにもグラジャージ出身のメンバが数人いるが、皆真面目で勤勉である。インド人独特の利己的なところが多少あるし意見もはっきり述べるが、決して不正を働いたりずるをしたりすることはない。
この州はガンジー出身というだけあり非常に宗教にも厳格で、学校の給食からして菜食であるらしい。メンバーも全員菜食を貫き通しており、日本滞在時も不便な菜食を曲げることはなかったので頑固な一面もあるなあ、と思いつつ。あるメンバは優秀なエンジニアだったが、同時に朝五時に起きて占星術を勉強するという、最新と伝統が混在しているわたしからみるとちょっと不思議な趣向だった。
とても印象は良いのだけど、インドの中でも勤勉という立ち位置らしい。
そして最近知ったけど、シンガポールにいるインド出身の一緒にやっているマネージャ! 話し早いし仕事しやすいし真面目で好印象だったのだけれど、彼もグラジャージ出身だったらしいよ! 株があがるぜグラジャージ。
#雑感2
日本採用時にグローバル環境においての就労有無をあまり聞くことはないのだけれども、なくてもそれほど異文化で働くことに支障が会ったことはないように思う(言語の壁はあるが)。英語が苦手の場合は、マネージャ側で配慮してHubになるから摩擦が生まれづらい、もしくはグローバル環境を期待して入るためにもともと溶け込みやすい要素があるからなのか、少なくとも日本メンバーで困ったことはない。
ただ各国の文化の差には気を使うことが時折ある。
中国はわたしからみるとすごくやりやすい相手で、酸いも甘いもわかり皆までいわなくても意図を汲んでくれる、やり方も慎重でとても助かる。だがとりあえずやるのは早いけれど確認が甘い、というインド文化とは正反対で、一緒に仕事をするときはそのギャップを埋めるのに時折気を使うことがある。中国のことは機会があったら書きたいけれど、そこまでネタがないのもほんと…。
#雑感3
ある知人がこんなことをいっていた。
「IT企業といえど、我々日本人には見えないカーストがあるらしいよ。まず4つのカースト、さらに職業の中のカースト。ただそのカーストからジョーカー的に抜けられるのが海外で働くことらしい。一回海外で働くとそれは一目置かれてカースト外に出れるらしいんだよ。それもアジアよりアメリカがいいらしいね」
#雑感4
バンガロールのIT人材の給与は高騰しています。GoogleやIBMといった大手外資企業、またインド発のスタートアップ会社が多数あり、各州の理系の優秀な学生が集まることが和をかけて物価を高騰させ、また人材マーケットも売り手市場となっている感があります(2022年夏現在)。また人材の移動も激しく1.5倍、2倍といった条件で引き抜かれていくエンジニアも多いため、その穴を埋めるため、かなり面接もしています。
ただ私感として、1000万以上もらう候補者は優秀な人が多いけれど、そこまでいかない人材は特に他の国に比べてとりわけ優秀ということは決してないような…。そんなインドだから即IT優秀というわけではないです。ただ分母が多いから優秀な人にあたる率も高いといえば高いけれど、給与もそれに連動するのが実態です。
